124年ぶりの2/2の節分
で、124年前には何があったかというと、
マドモアゼル・愛さんがおしゃっていましたが、
1897年3月29日 - 貨幣法公布(金本位制の確立)
これは偶然でしょうか・・・
124という数霊は、
「謝罪と解毒」
これまでのお金の仕組みが嘘とばれ、崩壊し、
この仕組みを作った者たち(DS)の謝罪と解毒が
始まると読んでいいかもしれません。
お金の(もうお金といわないかのしれませんが)
市場の価格決定権が民意まで下りてくる・・・
かれら(DS)の手の上で苦しめられた
この市場経済の終わりの始まり・・・
いよいよ、民意を踏みにじり続けた
本物の鬼が退治されそうです。
そういったのろしが上げられるのが今年のようですね。
ちなみに、鬼ではないのに、
鬼に仕立てられた悲しい鬼もいます。
「鬼は外、福は内」の節分・・・
今まで数多くの鬼が退治されてきたと思います。
しかし、基本 これらの 「鬼」とは、
負けて抵抗をし続けた弱者を
勝った為政者が、「鬼」とレッテルを張って
自分たちの正当性を偽造した歴史上の言葉です。
小さな共同体の長として
つつましく親しまれて暮らしていた鬼が
ある日突然、自分たちよりも大きな兵器で日常を壊されたのです。
鬼という漢字は、
山から田に水をひき
道を作り
村を作ったという漢字になっています。
そういった、土地整備を行ったのは
鉄を民に広めた長=「鬼」だったわけです。
ですから、鬼伝説がある場所は
古代、鉄の産地だったのです。

そこに、神の「云(言葉)」を吹き込んで魂としたのです。
その魂を 武力でもってねじ伏せ、奪っていった勝者が
勧善懲悪の「鬼退治」というきれいごとの昔話を作ったのです。
つまり、桃太郎は、英雄でもなんでもなく
「征服者」の片棒を担いだ係長武人だったわけです。
その逆に、鬼の悲しさをテーマにしたお話もあります。
その例も、同じように童話や言い伝えを見れば
枚挙にいとまはありません。
童話「泣いた赤鬼」に出てくる
青鬼の友情とやさしさ・・・
「ドコマデモ キミノ トモダチ アオオニ」
吉備津神社、鳴釜神事の起源となった
鬼、温羅(うら)もそうです。
※吉備津神社には鳴釜神事の起源として以下の伝説が伝えられている。 吉備国に、温羅(うら)という名の鬼が悪事を働いたため、大和朝廷から派遣されてきた四道将軍の一人、吉備津彦命に首を刎ねられた。首は死んでもうなり声をあげ続け、犬に食わせて骸骨にしてもうなり続け、御釜殿の下に埋葬してもうなり続けた。これに困った吉備津彦命に、ある日温羅が夢に現れ、温羅の妻である阿曽郷の祝の娘である阿曽媛に神饌を炊かしめれば、温羅自身が吉備津彦命の使いとなって、吉凶を告げようと答え、神事が始まったという。
![kamaden02[1]](https://blog-imgs-66.fc2.com/p/y/s/pysr2012/20140328134234605s.jpg)
➡吉備の旅・・・参
日本人にとって、
鬼とはいわば、民意の中心にいて
民のために骨を折った英雄なのです。
124年ぶりにお金の仕組みが動き出す今年・・・
新たな民意をあの優しい鬼たちも応援してくれているかもしれません。
2月2日の今日・・・
私自身、強がる傲慢な心を戒めつつ、
歴史上、理不尽に殺されていった鬼たちに
思いをはせる節分でありたいものです。

(津軽鬼神社)
続報・・・
本物の鬼についてもちゃんと知ってください。
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