令和buzz350・・・世界を見せるのが教育
表面では子供たちに知識の伝授をしていますが、
本当の役目はそれではないと思います。
知識など、今ではネット上で
無料で
数えきれないほどの量を
数えきれない方法で
お披露目されています。
本屋、新聞、TVの時代とは比べ物にならないほど
知識の民主化は進んでいます。
ですから、知識を教えるから、とか
ましてや、成績をつけるから、
先生が偉いのではないことは
誰の目に見ても明らかです。
ちなみに、ある中学の先生は、
「自分はこの中学で一番長いし
成績をつけるのだから
オレは偉いんだ」
と宣ったそうです。
(完全実話)
完全なる ピエロ、裸の王様です。
敬意と偉大さは、自分で言ったらおしまいです(苦笑)
私たちにできることは、
彼らに世界を見せること
その入り口まで連れていくことです。
その世界は、
いのちという唯一無二のルールでしか動いていません。
「いのちはすべてを知っている」 マドモアゼル・愛
そういう世界に精一杯連れていってあげること・・・
「あげる」
という言葉でさえも的確ではありませんが、
あえて通例的に使わせていただきます。
未熟だけど連れていく・・・
その未熟さを生める唯一のものは「愛」しかありません。
そう私は考えています。
今期の受験生にも、AorB
どちらにの高校にするのか悩んだ生徒がいました。
わたしはその子に言いました。
「あなたが、あなたになれる方を選んだらいいよ」
私たち大人は余分なことを言わない方がいいのです。
彼らが、自分のいのちに自分で
自問自答するように促せばいいだけなのです。
迷ったらいのちに尋ねる・・・
政治や教育システムなんてものは
それを全力で補佐すればいいだけ・・・
いまの月の時代末期、土の時代末期には、
それは難しいと思い込んでしまうのかもしれません。
しかし、いたってシンプルな原理なのです。
こんなシンプルなことに、わたしたちは
何千年もかけてきたのかと思うと
本当に滑稽に思えてしまいます・・・
[スポンサーリンク]
tag : いのちあるものがいのちあるように
