令和buzz83・・・雨の中のサッカー
全世界に宣教師を送り込んで植民地を広げていた時代・・・
宣教師は、神のもと愛と平等を説いた・・・
その美しい言葉に現地の人間は
すべてを喜んで分け与え、差し出し宣教師とその一団を歓迎した。
ある日、宣教師は、
収穫の象徴であるボール(太陽)を
みんなで蹴りあって網に入れるスポーツ(サッカー)をしようと呼びかけた。
愛と平等を説く宣教師の言うことだから
きっと楽しいに違いないと、現地の人々はサッカーを始めた・・・
怪我をしないように私の言うことを聞いてほしいと
審判は宣教師がしてくれた。
それでも、太陽が欲しい現地の人は
血みどろになってそのボールを奪い合った。
時には人を殺してしまうこともあった。
ふと雨が降ってきた・・・
でも、宣教師はサッカーを止めず、そのまま続けた・・・
現地の人間も宣教師の人柄とサッカーの楽しさ(欲望)に
雨の中この競技を続けることに疑問を抱かなかった・・・
(現在でもサッカーは天候に関係なく行われる)
雨の中のサッカーに慣れ、
宣教師との親交に満足した現地の人々が次に誘われたのが
農地開墾とプランテーションのような大型農地での勤労だった・・・
収穫の一部を宣教師に渡せば、
わずかな報酬も出るという・・・
彼らは、宣教師を慕っていたので
サッカーでもそうだったように
時間や天候に関係なくいつまでも楽しく?労働をした・・・
そして、
いつの間にか・・・
労働をし、収穫を納めなければ
宣教師の仲間には入れてもらえず、
そこの水を飲むことも、その土地に住むこともできなくなっていた。
この寓話は、
15C半ば~17C半ばの大航海時代において
ほとんどが事実だったことでしょう・・・
そして、現代の私たちにそっくりです。
今回のコロナ禍は、
私にとって様々なことを思索させます。
世界中で、ロックダウンされる国や州や市があって
そんなときに考えるのは、
私たちの世の中が、
本当にお金がなければ
生きていけない世の中にさせられているってことです。
それってよく考えればおかしなことで、
人間が、人間のいのちが軸になっていない世の中ということです。
お金がご主人様の世の中になっているということだ。
つまり、1か月家にいてくださいね、といわれても
そうできない状態になっているということです。
仕事だったり、手続きだったり
支払いだったり・・・
ほんとうに複雑に絡みすぎていて
止めることもができなくなっている・・・
ざっくり言えば、
今はしんどいですから
「ちょっと待ってね」
が言えない世の中になっているということです。
1668年、ミハエル・エンデの「モモ」の灰色の男たちによって
スウェーデンで世界ではじめて中央銀行が作られてましたが、
この世の中のルールが、次にできたイギリスの中央銀行で決定的になりました。
戦争と国王と借金・・・この三点セットが
疫病と首脳と借金・・・に変わっただけだ・・・
つまり、恐怖とお金をつなぎ合わせた歴史が
今の金融資本システムと言っていい・・・
約350年かけて、
人類はこんな化け物のような仕組みを作り
強固なものにして来てしまったのだ。
前々からYoutubeでも、
このブログでもいっているが、
このコロナがチャンスなのは、
そういった
人類の命を脅かす仕組みや
育まない仕組み、考え方を
変えられる、というより
変えるなら今しかない!そこに来ているのだ。
先日の給付案を
無条件かつ迅速にした方がいいと言えるのは
そのシステムからの決別ができるからだ・・・
インフレがぁ、とか
財源がぁ、とか
給付など甘い、働かなくなるではないかぁ!とか
貧困層に配っても、すぐに消えるぅとか
貯金に回されるとか・・・
ツイッターでは様々な意見がある・・・
そういう意見に是非お伝えしたい・・・
古い!と・・・
もしくは、人類ができる決別のチャンスを逃すのか!と・・・
お金がどこかにプールされてると勘違いしている人が
陥る発言ばかりだ。
お金は有限で
どこかにプールされているから
足りなくなる恐れがある・・・
だから、配るのにも制限がかかる・・・
そういう考えが染みついている人たちだ・・・
お金などどこにもプールなどされていない。
乱暴に言えばいくらでも生み出せる・・・
信用(借金)創造でいままでもいくらでも生み出してきたではないか・・・
われわれは、借金の元本さえ
宗教のように信用(信仰)生み出せるというシステムを
いままで隠されてきた(見ないようにしてきた)。
だから、元本さえ実は返さなくっても銀行は困らないのだ。
困ると本気で行っている人は
単に、知らないだけか
知っていて、我々をお金の奴隷にしようと企てている人だ。
ただ、今のこの苦しみをよしとし、
作り、守ってきたのは紛れもなく人類だ。
実はコロナに苦しめられているように見えるが
根本はこのシステムに苦しめられているのだ。
誰の責任?
もちろん我々人類の責任だ・・・!
24日火曜日にこんなニュースが流れてきているが、
➡麻生財務相「商品券は貯金にはいかない」 経済対策
相変わらずこの御仁は、
記者を馬鹿にしたかのように
「意味、分かります?」とか言ったそうだが、
わかっていないのはあなたのほうだ。
いや以前のの発言から、
相当わかっているようだったので
われわれをお金の奴隷にしようとしている確信犯なのか・・・
どちらにしても、
きっとこの人は、電気代と家賃とか
銀行に振り込んだことがないのだろう・・・
ましてや、生まれてこの方
毎月の支払いのために
銀行巡りなどしたことがないのだろう・・・
私たちが通帳に現金を入れるのは、
貯金もあるかもしれないが
ほとんどが引き落としの準備のためだ。
特に自営などは、ほとんどがその作業だ!
その現金は、
誰かが借りてきてまで作ったお金(信用創造)を引っ剥がして
振り込んだお金なのだ。
それが事実だ・・・
奪われたものからさらに奪って、
永遠の椅子取りゲーム中、たまたまその時は勝ったので
自分の銀行口座に振り込みができただけなのだ。
だから、
だれからも奪わなくてもいいように
給付という形を全力でせよ!ということだ。
ましてやこのコロナ禍・・・
奪われる人が急激に増えるのだ・・・
おそらくそれ(給付)をしてしまうと
みんながこのインチキ宗教(システム)に気が付いてしまうから
あなた(たち)はしたくないのだろう・・・
なんと哀しい世の中を我々は崇拝して
壊そうともしないで、どこまでも踏襲してきたことか・・・
今変えなくていつ変えますか、麻生さん!
「意味、分かります?」
あなたにそのままブーメランをしよう!
私が言っているのは精神論ではない。
単なるシステムの問題だ。
そのシステムを変える一歩を今踏み出せば、
コロナどころか、未来永劫人類は
健康と幸せを得ることができるのに
なぜためらうのか・・・
もう、宣教師の嘘に惑わされるのはよそう・・・
言うことも聞かなくていいんです。
雨の中、サッカーも、プランテーションもしなくていいんですよ・・・
「何のために生きるの?」
今はこれしか問われていないのだ・・・
[スポンサーリンク]
theme : いのちあるものが いのちあるように
genre : 政治・経済
tag : コロナ禍
