樹下石上 ㊷・・・ほんものの音
そのお店は、お料理もホスピタリティも
本当に素晴らしいお店で
もちろん、私のような庶民がひと月に
何回もいけるようなお店ではないが
このご時世、自営業はどこも大変なので
超超微力ながら、応援の一票のつもりででかける。

閉店まじかに、大将とその女将さんとお話する時間ができた。
仕切り襖の向こうでは、お嬢さんが勉強をされていて
思いがけずご挨拶もできた。
自営でなかなか休みも取れないので
子どもや奥さん(女将さん)にも迷惑をかけている・・・
そうつぶやかれていたが、わたしは
まんざらそうでもないと思った。

「大将とおかみさんのお仕事が嫌いなら
お嬢さんはお店に来ませんよ。」
「ここで同じ空気を吸って、大将たちの背中を見ることで
かけがえのないものを身に付けられていますよ」
そうお応えした・・・
私の家も自営だった・・・
たしかに、サラリーマンのお家でボーナスが出たとか聞くと
うらやましい気持ちにもなったが、
今となっては、そんなことより自営の父母から学んだ
無形のものが身に染みてありがたい。
大きな銀杏の木の机が
父母の作業場だった。
私は、その板の、一センチほどの天然穴が開いていた角っこで
ひらがなやカタカナの練習をしていたのを今でも覚えている・・・
保育園のころだったと思う・・・
職人の作業は、音でわかる・・・
シュシュ・・・布がすれる音
シャーッ、パチン、カタッ・・・鋏が滑るように布を走り、裁断する音
カタカタカタカタ・・・足踏みミシンが加速していく音
どれも、道具たちが無駄なく
最短距離で運ばれる一流の音だ。
そのお店も まさにその音が流れる・・・
そういった空気に
知らず知らずに囲まれて勉強するお嬢さんは
きっと、一流とは何かを肌で学んでいることになる・・・
これは、学ぼうとして学べるものではない・・・

昨今、電子音ばかりが増えて
こうした、手足を使ったほんものの音が消えたことは
今の子どもたちにとってまさに残念としか言いようがない・・・
theme : 気付き・・・そして学び
genre : 心と身体
