秋、霜降のころ②・・・不調和
人工、自然、可聴域、不可聴域・・・
さまざまだ・・・
音ほど人の精神に影響するものはないのではないだろうか・・・
先日久しぶりに電車でお出かけした。
近場の四日市だ。
わたしは人混みが苦手だが
piyoさんのお目当てと
わたしのお目当てを考えると
最大公約数は電車だった。
本当に久しぶりで、
その前はいつだっただろうか?と思うほどだ。
乗ってみると想像通りさまざまな音音音・・・
本当に疲れる。
もちろん激しい電磁波もあるのだろうが、
何よりもこの不調和な音と人々の波動が
これほどバラバラでかみ合っていなかったのか・・・とやはり驚かされる。
高校生のときには難なく通えた電車なのに
年齢によって耳の可聴域が変わるというから
そのせいかもしれない。
帰りの電車・・・
席も空いていなかったので
立ちながら車窓を流れる夜のネオンを見ていた。
2歳ぐらいの赤ちゃんを
抱っこ紐で抱えているお母さんが乗ってきた。
やたらと道徳心を掲げるつもりはないが
座っている人はほぼ一様に
耳にイヤホンをかけて四角いスマホに見入っている。
だれもその親子に波動を合わせようとしない・・・
本当に不思議な風景だった。
みな、アンテナを折りたたんで
ちいさなガチャガチャのカプセルに入ったようだった・・・
わたしたちは必要以上に人に関わる必要はないと思うが
わたしには明らかにその親子にはシートが必要そうにみえた。
もちろんどこで降りるのか
そのお母さんが本当にシートが必要なのかそれはわからない。
でもシートがあるほうが明らかに楽だろうなとは想像できた。
どこか空かないかな~
そう思っていると、
次の駅で我々のすぐ横のシートが空いた。
ドアが開く直前・・・人が入れ代わろうとするその隙間で
お母さんに席を促すとはじめは遠慮されていたが
笑顔で座ってくださった。
私はなんだかやっと安心できた。
おせっかいなのかもしれないし、
そういう光景はいつも電車に乗る人にとっては
当たり前なのかもしれないが
わたしにはこの電車内の音と人の不調和は
やはり、違和感を覚えるし、疲れてしまう・・・
高齢になって
車に乗れなくなったら
さびれた昭和の駅前商店街を巡って
大衆酒場巡りをもくろんでいたが
まずは単線のローカルな
空いた電車から始めるとしようかな・・・
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夏、夏至のころ⑬・・・53年前の運転手さん
さわさわとカーテンを揺らしながら入ってくる風。
今日の予報は70%の雨だが、
すでに蝉も鳴いた・・・
そろそろ梅雨明けだろう。
少しは涼しくなってくれるとありがたい。
わたしは9月生まれだから
53年前の7月は母のおなかの中だった。
生まれた私を待っていたのは、東京オリンピック。
生後一か月で中耳炎を患い、
近くの国道を聖火が通過するのを
耳に包帯を巻いて一緒に見たらしい。
そんな私が人生上はじめて九死に一生を得た出来事がある。
すでにハイハイをしていた私。
来客で若いお姉さんが来ていた。
仕事場で母としばし談笑の後、
そのお姉さんが家を出る。
母は奥の台所へ・・・
当時の春~夏の家は、すべて開けっ放し・・・
母が少し気をゆるしたわずかの間に
わたしは、そのお姉さんを
ハイハイで追いかけたらしい。
かなりの段差もあるはずなのに
どうやって越えていったのかわからない。
とにかく進んだ。
わたしの家の前は道路を挟んで線路・・・
道路は車2台が通り過ぎられるほどの幅・・・
お姉さんは家を出て右へ・・・
お姉さんを見失ったわたしは
まっすぐ線路の中へ・・・
線路に入るにもかなり段差があるがどうやって!?
さっぱりわからない(笑)
そこへ運悪く電車がやってきた・・・
さて、ここからがのんびりした昭和である。
電車の運転手さんは、なんと!
ハイハイをする私を遠くから発見し、止まってくれたのだ。
しかも運転席から降りてきて
当時、そのあたりに三件しかなかった家々を巡って
「この子はどこの子だろうね?」と
探して届けてくれたのだ。
今では考えられない。
当時、新聞沙汰など、大事にならず、
もちろん我が家には罰金も科されていない。
運転手さんは大丈夫だっただろうか・・・
わたしはずっとその運転手さんに
お礼を言いたいと思ってここまで来た。
もちろんそれはかなっていない。
だが心の中では、ふとした瞬間に
いつもお礼をお伝えしている・・・
「あの時は本当にありがとうございました。
おかげさまで、今も生きて生かされています。」
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