春、雨水のころ⑨・・・若いときの苦労(3)
それこそ、天と地がひっくり返る苦労だ。
特に附属小の4週間実習は、当時
毎日、午前様になるほど厳しいものだった。
次の日の教案が通らないからだ。
通らないというのは、指導教官からOKをいただけないのだ。
PCのない時代、すべてが手書きだったので
書き直すのはすべて一からやり直しの大仕事・・・
それでも、必ず終わりがあるからまだよい。
生徒との別れを惜しむ最終日があるという甘えがある。
ああ、私たちは甘いな・・・
と思ったエピソードがある。
附属小の実習の最終日、
当時スーパーカブで通っていた私は、
バイク置き場までやってきた。
こころは「やり切り感」と「充実感」・・・
やめていくからこそ味わえる高揚感に満ちていた。
それを、「甘いな」とたしなめる光景を目にしたのだ。
それは、さあバイクに乗ろうとした瞬間・・・
体育館から「キュキュ」と音がした。
誰だろう・・・
下校時間も過ぎ、先生方も含め
校舎はすでに人影もなく
もちろん体育館にも誰もいないはずだった。
そっと覗いてみた・・・
あ・・・
そこには、黙々と走り続ける吉田先生の姿があった。
まるで、ひたすらおのれと向き合うように
人知れずトレーニングをされていたのだ。
心技体・・・
ふとそんな言葉がよぎった。
「内から光る人間になれ・・・」
そう若者を叱り飛ばす先生は
ご自身にも厳しさを課していたのだ。
体力が弱まる齢を迎えてなお、
からだを鍛え、心を鍛え、おのれを鼓舞する・・・
私が受けたあの厳しい実習・・・
私には、甘っちょろい余韻があり、終わりがあるが、
先生にはその終わりがないんだ・・・
その厳しさがひしひしと伝わる吉田先生の密かな体力づくりだった。
わたしは、声もかけられず
そっとその場を立ち去った・・・
見なかったことにしよう・・・
だが、この厳しさはしっかりと心に刻もう・・・
それがせめてもの恩返しだ・・・
あれから30年余り・・・
吉田先生には遠く足元にも及ばないが、
あの時感じた厳しさが、わたしにとって一生の師匠となっている。

theme : 気付き・・・そして学び
genre : 心と身体
春、雨水のころ⑧・・・若いときの苦労(2)
研修というものがあった。
新人や若い職員の模擬授業の研修をするのだ。
他のすべての職員が子供役になり、
その後、模擬授業に対して、あれこれとアドバイスするのだ。
若い人にとってはもちろん緊張もので、
いつものような授業はできない。
わたしは、30手前での途中入社だったが
もちろんその研修を受けた。
しかし、すでに家庭教師で10年近くやっていたし、
教育実習のあの厳しさを経験していたからか
さほどつらいと思わなかった。
会社では2年目以降、
今度は研修する側にまわる。
私の研修は厳しいことで有名だった。
若い職員には、泣いてしまう方もいて
本当に申し訳なかったが、
もちろんわたしは、泣かすつもりでやっているわけではなく
心から育ってほしいという願いからそう厳しくなっていたのだ。
「私が知っているもの、持っているもの、すべてを使ってほしい」
そういう願いだった。
この信念は、教育実習で育てていただいたすべての先生や
あの吉田先生からの愛情が育てたものだった。
例えば導入部・・・
実は意外に重要なのが、立ち居振る舞いである。
立った時の歩幅、からだの向き
目線の動かし方、声をどこから出すのか、
胸の開き方、間の取り方、
自分の手はどんな形で、どこに置くのか・・・
生徒との初対面は、意外と
そういう動物的なからだの使い方が重要になる。
若い方は意外とここでつまずく・・・
そして、ずっと通して重要なこと・・・
それは授業中も、そうでない休み時間も、
そして、休暇中も・・・そう、人生通して重要なこと・・・
それは、「心から光る人間」になること・・・
これは、吉田先生から何度も言われた・・・
いわば、わたしという人間の土と根っこの部分・・・
「こんなしゃべり方をしていたら、
単に面白いだけの人間になってしまう。
もっと内から光る人間になれ。」

ホンモノの先生から受けた愛情が
日記の文字からもほとばしる。
小手先で行くな!
ちゃんと子供と向き合え!
化けの皮が剥がれるような育ち方をするな!
教師として、人間として、
本当に原点を教えていただいた。
本当にありがたい「若いときの苦労」だ。
theme : 気付き・・・そして学び
genre : 心と身体