コントロールドラマ、3本目動画
傍観者についてです。
PinPにはせずに
PC上のみの解説です。
マイクをヘッドセットタイプにしたので
音質が変わってしまいましたが
ご容赦ください。
後二回は、マインドマップタイプにしたいなと思います。
よろしければお付き合いください・・・
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theme : ありのままの自分になるために。
genre : 心と身体
tag : コントロールドラマエネルギーバンパイア傍観者
令和buzz192・・・観察者と傍観者との違い
「観察者」というものが出てきます。
➡#27 意識レベル③「この世を創造するのはあなたです」
私たちはよく「自分は」といいますが、
その自分は、観察者がいて初めて「自分」を見出せます。
「わたしの人生」といったとき、
わたしの人生を観察するものがいるので
「わたしの人生」を見出せます。
つまり「私の人生」を見つめているのは、
わたしの中にはなく、私の外にあるはずです。
もう一人の私=他者ということでしょうか・・・
さて、
よく、まわりがある問題にさいなまれているときに、
我関せずと腰が引けて、スルーしてる人たちがいます。
われわれはそういう人を「傍観者」と呼びます。
観察者と傍観者は、何が違うだろう・・・
ふと頭をよぎりました。
昨日の意識レベル③の観察者と傍観者は、
行動、立ち位置としては非常によく似ています。
しかし、まったく違うことに気が付きます。
それは、観察者は
意識レベル②を体験していることです。
意識レベルシリーズの動画内では
時間の関係で言いませんでしたが、
意識レベルは②に来ると、
もう①には戻れません。
③はさすがに、この地球上の条件によって
②に引き戻されますが、
それでも③を知っていると
②について人と語ることができるでしょう・・・
②の体験を通し、意識の拡張が起きた後、
いつの間にか奥行きの世界へいざなわれているのが
観察者です。
自分にとって都合がいい場合だけの
積極的関与の意識レベル①・・・
そして、他者との融合の意識レベル②・・・
それらを透って、反転するかのように
拡張から奥行きの世界へと導かれるのが、
意識レベル③・・・
そこに、観察者がいます・・・と思います(笑)
それに対して、傍観者は、
初めから他者が縮小し、
(逆に自我は肥大)
他己と切断され、分離が起き、
反比例で自我の拡張が起きます。
拡張の限界に来ると
数字では0になります。
だから反比例の
XY=aで
X(自我の肥大)=0ならば「起きる現実a」も
0になってしまう・・・
誰かが得をすれば
誰かが損をするという反比例の世界は、
どちらかが肥大し尽くせば
すべてが0(無)となってしまうのです。
つまり、作り上げた世界は
なかったことになってしまうのです。
だから自我の拡張はほどほどに・・・ね、ということです。
この自我の拡張は、大きいくせに小さく、
殻というバリアも生まれる・・・
意識レベル①で生きるとは、
それほど生きづらいことなのです。
以前ダンスをやっていた時、
踊る自分から生まれる波動の円と
お客さんから生まれる波動の円が交わって
A∩Bの部分で
作品が完成される感覚が起きていました。

舞台で作品が演じられているのに
客席と舞台の間で作品が完成されていくのです。
「観られることで、
観ている者(観客)が創作者となり、
創ってきた者(ダンサー)が、観る側に転る(まわる)・・・」
そういう感じです・・・
2007年から私の意識の探求が始まりました。
今なぜ、再びこの意識をこだわり始めているのか・・・
それは今回のコロナ禍で
(おそらくこれからのコロナ禍でも)
意識レベル①が強固になりすぎている人が
多くなってきたと感じるからです。
少なくとも②にいかないと
ますます人類は息苦しい世の中を
自ら作り上げてしまうのではと思っているからです。
我よしの自我が肥大し、
意識レベル①の殻を強固にする
「新しい生活様式」はほどほどにしたほうがいいでしょう。
コロナを敵とみなすのはなぜか?
それは我よしで生き残ろうとするからです。
その自我の肥大によって、
まわりの生きようとする人や自然が見えなくなります。
これこそ、自我の暴走です。
意識レベル①の殻を強めることです。
つまり、コロナを必要以上に肥大させることは、
われわれの自我が肥大化させ、
0へと膨張させることにつながるのです。
それは、
守っているようで
実は破壊している
ことになっているといえます。
何もかもが限界にきていることを
奇しくもコロナが教えてくれました。
新しい意識で生きること・・・
傍観者という守りが一番危険なのです。
社会が元に戻れないのではなく、
わたしたちが、新しい意識の扉を開けようとしないだけです。
➡コロナは567(ミロク)か?
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