尋問者タイプのコメント
いま私は、
コントロールドラマのおそらく
尋問者タイプのコメントと向き合っている。
こういうタイプの方は、世界に対しての
ある思い込みから発言が始まっていて、
その思い込みとは、
この世は間違いと正しいの2つで構成されていること、
ある論理とそれを語る人を分けて考えられないこと、
また、そうやって論理の人格化が始まるので、
相手が間違っていて、自分が正しいと、
人への攻撃に変化するので
言葉の端々がとげとげしい・・・(あくまでも私の感覚だが)
この(その人にとっての)間違いの指摘に屈服すれば、
「よしよし」となるのだが、
自分の知らない&わからない内容が加わると、
それ以上学ぼうともしないから、
相手が平に屈服し、
その人のための答えを用意するのを
あくまでも高みから見物する・・・
大変不思議なのだが、
自分が正しいと思えば、私など構わずに
その道を一人で歩まれればいいのだが、
あくまでも尋問した相手を道連れにしようとする。
自分の作った世界秩序を保つためという
その人の思い込みから
(その人からの目線での)人の間違いを指摘して
正していかないと気が済まないタイプである。
そういったタイプの人の目的は、
自分で知ることや学ぶことではない・・・
相手を屈服させ、エネルギーを奪うことなので、
大変めんどくさい。
おそらくあと二回ほどのやりとりで終わりを迎えると思うが、
以前自分が挙げたコントロールドラマの動画が役に立つ時が来たようだ。
今こそ復習しておこう。
ミイラ取りがミイラにならぬよう、
どうか見守っていてほしい。
theme : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
genre : 心と身体
令和buzz315・・・コメント劇場の悲劇
ある出来事が起こることで
改めて鉄板を再確認することがある。
先週はそのことが起きたのでお話させていただく。
少々辛めの記事ですので、
きつい方はスルーしてください。
・・・・・
私自身、ブログで始まり、
FB、インスタグラム、ツイッター、YouTube・・・など
さまざまなSNSを活用している。
また、誰かの講演会場での質疑応答など、
人々が交流する場をそれなりに見てきて思うこと・・・
それは、共通の場で
言葉をのっける技術が上手な人と
そうでない人の差が激しい・・・ということだ。
もちろん、
コメントにしろ質疑にしろ
何を言うか、どこで切るのかは
本当にその人の自由だし、
それを個性と広く言う人もいるが、
わたしは少しカタい見方をしてしまう。
それは、
コメントという名のエネルギーバンパイアや
マウント取りが多いのに辟易とする場面を見るからだ。
例えば、一例・・・
わたし、SNS投稿➡コメントが来る➡お礼と他愛ない追記
当然ここまでは、互いが共通のものに
少なくとも好意を示していることがわかる。
しかし、その後の相手からのコメントで、
エネルギーバンパイアが始まる・・・
「でもね」的・・・で続く内容・・・
冒頭の共通認識(話題)から
わざわざ外れたコメント(内容)、
時に真反対な内容を付け加え
わたしの方が広い視野で見ています感を出す・・・
心の声:(ホンマはどっちやねん!?)
このあたりから、
「ああ、めんどくさい」感が私に沸き起こる・・・
要はこの人は、自分の投稿をダシに、
自分主張を飲ませたいだけ、もしくはひけらかしたいだけ・・・
ただ、
鏡の法則があるので、
わたしの波動に見合う人のコメントだから
自業自得と反省し、
渋々次のコメントを打つ・・・
「そういう見方もありますね」的な感じ・・・で譲歩的に無理やり・・・
そもそも、このブログだろうが、他のSNSだろうが
その日その時の感情の一片をお披露目したに過ぎないし、
欲目にいっても、その時点での普遍性に過ぎないのだから
あとからいくらでも変わってしまう。
人間に永遠の一貫性などないし、
別の視点が存在することなど百も承知で投稿しているのだから
こういった、肯定的揚げ足取りは実に疲れる・・・
私など自分の投稿なのに
早々と引き揚げたくなるので
できるだけ短い文面で、
「わかってください」感で
重い手取りで、キーボードをたたく・・・
で、その方がどう来なさるか・・・?
スルー・・・!!
いいね!という、こちらからすれば
唯一の既読サインさえないスルー・・・(笑)
そんなものです。
自分の排泄物さえ出し切れば
あとは、一期一会の関係に始末をつけず、
先方は、ほぼ反対の意見を表明したにもかかわらず、
その後どういった展開になっているのか、気にも留めず、
そのまま立ち去られる・・・
こりゃ、コミュニケーションじゃないわな(苦笑)
そういったコメント人種がときどきいらっしゃる・・・
講演会の質疑もそうだ・・・
挙手をし、あてられたら最後、
自己紹介と自分の主張が永遠に続き
一体いつになったらその質疑とやらが出てくるのか、
一生懸命聞いているのだが、根負けして眠くなる・・・
もちろん私も気をつけねばならないし
気を付けていても、この評価だけは相手が決めることなので
偉そうには書けないが、
初対面であること
共通の場であること
一期一会であること
コメントをする動機(本当の自分の狙い)にチェックがない方には
それらを慮る「何か」がないので
とっ散らかったざわざわ感だけを残して
THE END・・・
まさに、SNSの悲劇であろう・・・
せっかくのつながりの場が、
かえって疎外感となるこのジレンマ・・・
ブラックな喜劇だ。
私が人様の投稿に、
めったにコメントしないのはこの理由からだ・・・
というわけで今日は、辛口な記事になってしまいました。
どうぞお許しくださいませ・・・
ちなみに、
私が受け取らせていただくほとんどのコメントは
心温まる言葉ばかりで感謝しかございません・・・
ということだけは追記させていただく。
ただ、この記事に関しては
コメントはご遠慮いたします(笑)
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