年輪という畏怖・・・
そこで一枚の作品に心が奪われました。

尾鷲の檜に編まれた糸かけ曼荼羅という作品です。
素晴らしい作品というものは、向こうから話しかけてくれます。
作者のものだった作品が、こうして公の場に出ることで
作品からでてくるエネルギーと見る側の心のエネルギーが重なり
「第三の領域」が生まれます。
この第三の領域は宇宙からの贈り物です。
そこでは無言の対話が始まります。

作品が他者である作者のものであり続ける限り、
それを見た他者は「ふ~ん」で終わってしまいます。
あくまでも私の見解ですが、
第三の領域が広く奥深いほど、
見たその人にとって「すばらしい」という作品となります。
もちろんこの領域のの重なりを
作者は狙うものではありません。
そういう意味では、作者も見る側も自由でなくてはなりません。
あくまでも結果です。

この尾鷲檜の作者も
私がここに来てこの作品に感動することは
露とも知らないことです。
何年ぐらいの樹齢でしょうか・・・
50年!?いや80年!?100年!?
年輪がその年月の紛れもない事実を伝えます。
そういった自然の事実に私たちは「畏怖」という気持ちを持ちます。
一本の檜や一人の人間が紛れもなく生きてきた時間・・・
時計では計測できない「時」というものの重み・・・
そういったものに尊さと畏敬の念を持たずして
人類に未来はないのではないでしょうか・・・
この作品も製作時間としては何時間かで
仕上げていらっしゃるかもしれないのですが
その人が歩んできた何十年という「時」があり、
そこで生まれた数々の喜怒哀楽が
今回の糸の配色や規則性になったはずです。
作品の奥に、「時」という背景があるのです。

(200年も続く伊賀「わかや」の田楽)
その作品の素晴らしさは、樹木と人との年輪の重なりが
紛れもない事実として・・・
尊い「畏怖」として・・・
共に届けられているので
思わずじっと見入ってしまったのだと思います。

「影であるはず台座」が「かけられた糸」と同じぐらいの存在感がある・・・
人は樹を利用する前に、まずは樹とともにあること・・・
資材の前に、樹木そのものと共に生きること・・・
人は得てして光ばかりを見ようとしますが
光は影がなければ見えないということを知るべきです。

「いのちを育てよ・・・」
木ぃじいちゃんの言葉をかみしめながら・・・
熱燗を一本・・・
いい季節になりました。

12/5(土)笑市、ご出店様募集中♪(*´▽`*)
宙結び随想 ~美しい空間~
にぎやかで暖かで
ありがたい市になりました。
ご来市下さった皆様、
ご参加くださった皆様、
本当にありがとうございました。

宙結びにしても
笑市にしても
そのときそのとき生まれる人の自然な集い・・・
これは本当に不思議です。

そこで生まれる自然な輪・・・
子供たちの遊び・・・



高校生や乳幼児・・・
お年寄りから若者・・・

生の野菜と
調理された野菜

一つ屋根の下・・・
同じ空間の中・・・
よくみれば自分が歩んできた道・・・
これから歩もうとする道・・・

循環という一つの輪っかがみえて
その輪のある地点に自分が確実にいる・・・

普段は気づかなくとも
もともとあったものに気がつく瞬間・・・
そういったことを実感できる瞬間・・・
人は「幸せ」を感じるのではないでしょうか。

何の作為もなく、そういった空間が生まれたとき、
本当に世界は美しいと思います。

全くの同じメンバーで
全くの同じ空間で出逢うことはもう二度とない・・・
だからこそ美しい・・・

最近少しずつわかってきたことなのですが、
sora-piyoが作りたい世界観は
そういった再現不能なかけがえのないいのちの舞台なんだと・・・
それがたまたま「市」という形を取っているに過ぎないんだと・・・


商業でもイベントでも売買だけでもない
人々の生業の中の美しい場面の創造なんだと・・・
雑談や笑いや戯れやパフォーマンスやそういった中に
たまたま内包している小さな売買があるだけなんだと
そういう舞台なんだと・・・


そして、それを「世界の当たり前」にしたいんだと・・・

便宜上「手作り市」という言葉を使っていますが
きっとその中見は一般的に言われる
市の範疇には入らないものなんだと・・・

特別なものでもなく、
他との差別化とかそんな小ざかしいことでなく
当たり前の暮らしが当たり前になされる・・・
そういった場や空間を喜び合いたいんだと・・・

私は今、エンデの遺言で学んだ地域通貨をもう一度学びなおしています。
しかし、地域通貨が結局は貨幣になっていってしまう残念さ・・・
物々交換がギクシャクしていく不甲斐なさ・・・

そういったものは、それを利用する
人間の進化の度合いにすぎません。

だからこそ学び、談笑し、やってみることで
少しずつ人(自分の)は進化の道を歩んでいく必要があるのです。

少しでも良き方へ・・・
学びと笑顔を続けたい・・・

そういった思いが集まった今回の宙結びだった気がします。
皆さんが作ってくださった舞台と空間が
私にとっては何よりの勇気となりました。
本当にありがとうございました。
これからも是非ご一緒に・・・

来月宙結びは19日です。
20日の日曜日は17:30~「忘(望)年会」も企画しています。
詳細は追ってお知らせいたします。
よろしければご参加ください。
宙結び、ありがとうございました*(ノ^∀^)ノ*
配置図追記ヽ(*゜∀゜*)ノ 21日は宙結び

すみませんでした。
追掲いたします。

さらに
パワーストン美石(天然石いろいろ)さんがご参加くださることになりました!ありがとうございます。
秋も深まってまいりました。
今週末から三連休ですね。
AddCafeでも21日、毎月恒例の「宙結び」をやります。
よろしければお立ち寄りください。







火鉢と石釜、ふるまいのびわ茶+α?・・・
秋の愉しみ、ゆったりのんびり・・・



皆さん是非遊びにいらして下さいませ。
ホットストーンセラピー
通常、ホットストーンは黒い玄武岩を使うようです。
保温(熱)力が高いためです。

それならば、姫川薬石ではどうだろう・・・と
試してみましたところ、なかなかいいのです。
姫川薬石もかなりの保温(熱)力です。
腰痛持ちの私は、疲れたときなど
腰の痛みで寝返りをたくさんしてしまいますが、
数分熱湯につけた姫川薬石(手のひらサイズ)を
腎臓の辺りにあてて(20~30分)から寝ますと
朝までぽかぽかぐっすりと眠れます。
あつくなりすぎていたら、タオルを一枚はさみます。
足の裏から汗がにじむぐらい
下半身を中心に温まります。
また、夏と違い、布団の中の大きめ姫川薬石はと冷たいままです。
さすがに冬は気持ちいいとはいえませんので、
一緒にお風呂に入って姫川も自分も暖まって、
石を布団の中に入れますと朝まで暖かさが持続します。
布団の中のぬくもりと同じぐらいの温度が保たれ、本当に不思議です。

(姫川薬石やニニギ石などラジウム石の仲間が増えてる浴槽・笑)
昨日から使い始めた火鉢・・・
壊れていたもう片方も少し修理して
2Fの塾でも使い始めました。
遠赤外線の暖かさといいますが、
炭は加熱することで強い赤外線を発するそうです。

遠赤外線のお話
火鉢を使っていて感じたのですが、
あんなに小さな火鉢なのに
なんとなく部屋全体が温まるのです。

それは遠赤外線は四方八方に伸びて
風の影響を受けないからです。
電気ストーブやエアコンは局部だけ暖かくなるだけですし、
本当に昔の人の道具は理にかなっています。

(二階でも使い始めたもう一つの火鉢)
ちなみにうちの火鉢は熱伝導率の高い銅製で
今のところ大量の灰がなかったため
レンガや天然石を中に敷いています。(ホットストーン?)
それも熱が伝わりやすいことの一つかもしれません。
現代になって、密閉された住居の問題もあるでしょうが
綺麗で便利だからという理由で
エアコンや電化製品がもてはやされ
こういった昔からの道具を使わなくなったのは
本当に惜しい気がします。
せめてお店や市(まっきー君)で
皆さんと共に楽しみたいです。
煮出しのびわ茶の薫り、
熱燗とするめ(笑)
冬の間中、愉しみが尽きることがなさそうです・・・。

じいちゃんの形見・・・
自分が小学校に上がる前の春に亡くなりました。
そのじいちゃんの形見の火鉢を
お店をはじめた最初の冬に実家から持ってきていて
どう使おうか(床に置いては低いし・・・)と迷いながら7年経過していました。
今日、ふと店を掃除していて
「あ、あの火鉢使お!」
と思い立ち、色々と台を考えましたが、
先日行った薪祭りで頂いた丸太を使うことにしました。


で、こんな感じになりました。

小学校の頃、練炭の火おこしが自分の仕事で、
炭に火をおこしながら昔のことを思い出していました。

柔らかな炭火が、部屋に一つあるだけで
こんなに暖かかったっけ・・・
今日ぐらいの朝の冷え込みはこれで十分癒されました。
薬缶には、今年一番の煮出しのびわ茶が出来ています。
冬の愉しみがまたひとつ増えました。
冬ってなんか優しいですね。
良かったらお茶でも飲みに遊びにいらしてください。
11/3 笑市、画像&随想④
ぐるりと笑市ご参加の皆様のお店が並びました。
こういったささやかな市で
「ご出店」という形での大きな応援が本当に心に沁みます。
皆様本当にありがとうございます。


(Lilylantern )
ご姉妹でご出店いただいたり、
息子さんがご出店いただいたり、
ご遠方から来ていただいたりと・・・
本当にありがたいです。


(ピヨさんち)
大きなイベントをがんばっている仲間もやって来てくれました。
「素(ありのまま)になれる場所があるっていい」
といってくださいました。
もちろんそういう狙いがあって
やっているものではないので意外だったのですが、


(Half Beans)
言って下さった様に、この場所がそういう場所に
なっているとしたら本当にありがたいことです。


(88beeHive)
人はどんな仕事をしていようが
どんな活動をしていようが
自分が何者だったのかを知るためにやっているんだと思う。

(KCSセンター)
この世に無我で生まれたのに
生きていく術として自我を身にまとい、
せっかく身に付けたのに、
人生のある地点から、
またその自我を捨てる旅をはじめる。

その旅を、
仕事で始める人もいれば
子育てで始める人もいるし
孫育てでする人もいるし
日常のちょっとした活動の中でする人もいるし
趣味でする人もいるし
家事や庭仕事でしていく人もいるし・・・
本当に不思議である・・・。
(careRelie&Ambiente&こもれびの滴)




ある人は、自分にないものを探す旅に一生をささげ、
ある人は、せっかくあったものを捨てる旅に一生をささげ、
ある人は、あるものをありったけ使い切ることに一生をささげ、
そういった中で自我を発見し、自我を脱いでいき、
やがて本当の自分に出会っていく・・・


(まいこのまいことば)
そういったいろいろな過程のいろいろな人が出逢い
ある時間を共有することで生まれる何かは、
希望や優しさであったほうがいい・・・
そうでなければ人生のどんな目的もきっと空しくなると思う。

私自身まだまだ人生の途中で
何者なのかもわかりませんが
そのことを確かめるために毎回毎回こうやって皆さんに
お声をかけさせていただいているんだと思います。

緑の募金
ご出店様、ご出演者様より 5000円
街頭募金 1000円
いつもご協力ご賛同誠にありがとうございます。
ご参加下さった皆様
パフォーマンスに出ていただいた皆様
ボランティアで助けていただいた皆様
ご来市&お手伝いいただいた皆様
心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

これからもぽちぽち一歩ずつやってまいります。
よろしければご一緒にいかがでしょうか・・・

「100年後も笑いましょに・・・」

墨の行きたい場所へ~書のパフォーマンス随想③~
一体どんな基準で決めているのだろう・・・

飛び散る墨に気をとられていたらきっと
雑念が入るに違いない・・・
あくまでも純粋に筆を運び続けるには
筆から伝わる紙の感覚を頼りに
前へ前へ・・・
筆をただひたすらに運びつつけるしかないんだと思う。
筆の決めた「終わり」にむかって
ただひたすらに筆を運ぶ。

大書を見る醍醐味は、書家の方と
筆、墨、紙のそれぞれの躊躇のない躍動感である。
本当にいつ見ても素晴らしい・・・


そこに子供たちの作為のない墨が加わればもうそれは
ひとつの楽園・・・



自分の手で何かを書く・・・
墨が白い紙に届けられる・・・

何の打ち合わせもなく
自分のしたいように運びたいように
筆が動いていく・・・

「忍」という字とは対照的に
子供たちの墨が自由に解き放たれ、
行きたい所に行きたいようにおさまっていく。

本当に、本当にいい日です・・・
心からそう思えます。

終始流れる大谷さんのピアノは優しく
そよ風や陽だまりとなんら変わらないぐらい自然で・・・
子供たちの未来も
それを見守る大人たちの未来も
生き(行き)たいようにやりたいように
優しい場所におさまりますように・・・
いつまでもこういう日が続きますように・・・

100年後も笑っていられるように・・・

これからもめいっぱいの、
心いっぱいの書・アートを楽しんで行きたいと思います。



福地先生、アナウンスの安田さん
素敵なパフォーマンスをありがとうございました。

引き続き、笑市に出てくださった皆さんです・・つづく・・・
笑市&書・アートパフォーマンス画像&随想ヽ(*゜∀゜*)ノ②
次に何が起こるかわからない・・・

その事実にどこまで心を委ねることができるのか・・・
それはそこに起こった時間をどこまで許せるのかということです。
lilylanternさんの絵の具の準備が整ったそのとき・・・
(いわゆる)ハプニングが訪れました!
突風で絵の具がほとんどこぼれてしまったのです(笑)
これが・・・

こうなりました(笑)はははは・・・


凄いのはここからです。
lilylanternは、もちろん笑顔・・・

絵の具はもうほとんどありません・・・。
でも、その場と、そこにいる誰もが慌てふためくことなく・・・
それでいて人ごとでもなく・・・
「きっと大丈夫」
「なんでだってアートは出来る」という
信頼と楽観と許しの空気が流れたのです。
そんな中、本当に自然にゆったりと
アートは始まりました。

真っ白な紙が、秋の光に眩しい・・・
そこにひかれるカラフルな線たち・・・

どんどん・・・

どんどん・・・

どんどん・・・

繋がっていきます・・・。
さて、ここからは先ほどこぼれた絵の具をスタンプに活用していきます。





もう何がなんだか・・・(笑)
ホント子供のエネルギーは地球を救います!

これでいい・・・
これでいいんだ・・・
ほのぼのとした空気・・・
確かな安堵感・・・

ありのまま・・・
やりたいように・・・


世界を作るのは私たち・・・


この子供のエネルギーがいつまでもこの青空に響きますように・・・






「つなぐ つながる 色の道」
それはまさに君たちのこと・・・


大人も精一杯つなげるよ・・・
パフォーマンスを素晴らしく色付けしてくださった方・・・
ピアニストの大谷清文さん・・・

lilylanternさん、
素晴らしいパフォーマンス&アートをありがとうございました。
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笑市&書・アートパフォーマンス画像&随想ヽ(*゜∀゜*)ノ①
気長にお付き合いいただけましたら、幸いです。
昨日は本当に素晴らしい晴天に恵まれました。
集まっていただいた皆様のお陰だと心より思います。
ありがとうございます。

Lilylanternさんが前回のパフォーマンスの絵で作った
ガーラントも青空に映えます。
10:30から始まったまいちゃんの書・・・

たくさんのメッセージ、パフォーマンスを経た人にしかできない
「自然体」がそこにはあります。

だれもがパフォーマンスをする以上、
どこか緊張と自分を等身大以上に
良く見せようとする自己膨張の欲が顔を出します。
長いことパフォーマンスをしていると、
その欲がどれほど表現を妨げるものかもわかってきます。

だからこそ戦うのです。
自分が「ただそこに在るだけの存在」に
どこまでなれるのかという戦いです。
そういう意味でパフォーマーは
どこか修行僧に近いのかもしれません。
書家の方が作務衣(さむえ)を着ておられるのは
そういう思いとつながるのかもしれません。

また、私が筆と墨に魅せられるのは、
鉛筆やマジックのように
思い通りにままならない道具だからだと思います。

置かれた筆先から墨が飛び出し、
運んだあとの筆毛は一刻一刻変化する。
重力に従って弧を描きながら好きなように飛び散った墨は、
墨は紙との相性でにじんだり、留まったり・・・

人から解き放たれた墨は、自我を持って自分の世界を作り始めます。
書いた者と放たれた墨、
主客が逆転し、後は見るものの判断に委ねられる。
これ以上の流転のコラボがあるでしょうか・・・
そこに人の作為を超えた何かが存在し、楽しめるからなんだと思います。

この日のまいちゃんの字は、
エネルギッシュで自分の何かを吹っ切るような逞しさがありました。
今度、イギリスツアーが決定したまいちゃん。
魂が何かを突き破る予感を感じさせるような
光の中のパフォーマンスでした。
まいちゃんありがとうございました。

笑市&書・アートパフォーマンス、ありがとうございました
遠藤園子さん、クリスタルボウル演奏会ヽ(*゜∀゜*)ノ
夕日と花と遠藤先生・・・

(Uさん撮影)
お忙しいスケジュールの中、
いつも来ていただける遠藤先生に本当に感謝です。


ピヨさんが夏雪かずらをあしらってくれました。
こちらも文字通り演奏会に花を添えてくれました。
先生の演奏はいつも優しく・・・

あわただしい日常にさらされた私たちの体をやさしく包みます・・・

夕のこもれびと音色が溶け込む貴重なひと時・・・

私たちの喜びとはとてもシンプルで・・・
大げさなものではなく・・・
「優しさ」であることに気づかされます。

自分への優しさ・・・
人への優しさ・・・
自然への優しさ・・・
共感しあえる友といる喜び・・・

一体何のために生きて死んでいくのか・・・
ボウルが描く無数の波動の輪がそっと問いかけます。

私たちの本質は波動・・・
肉体の鎧をいつでも脱げるように軽やかにしなやかに
笑って唄って呑んで(笑)・・・

あっという間の1時間半・・・
夜も楽しかったクリスタルボウル演奏会でした・・・

(サンキャッチャーとのコラボ、虹色のクリスタルボウル・・・)

遠藤先生、ご参加くださった皆さま本当にありがとうございました。