すべて自分のこととして・・・
本を読んだり、ネットで調べものしたりしてました。
そんな中で知った出来事・・・
安倍首相のコピペスピーチのことです。
詳しくは・・・
広島
長崎
本当に寂しい話です。
一国のリーダーが、日本の、いえ世界の大切なこの日のお話の大半がコピペ・・・
そして、コピペという行為の心の怠慢と無神経さ・・・
話す相手の気持ちも考えずにこうやってしれっとスピーチできる思いやりのなさ・・・。
ご本人さんが気づいていらっしゃるのかいらっしゃらないのか、それは分かりませんが
どちらにしろ彼にとってはある意味、人ごとであり、単なる一年のひとつの行事なんでしょうか・・・。
被爆地の皆様や被爆された皆様のお気持ちを考えれば、ネットで批判されているごとく
悲しく、怒りがこみ上げるのは当然のお話です。
ただ・・・しかし・・・です・・・
振り返って・・・
広島・長崎の人のように、同じ日の同じ時間に毎年手を合わせ祈ることを
毎年毎年私は継続的にしてきただろうか・・・
私たちが小学校のとき必ずあった8/6の登校日・・・
その登校日がなくなるときに同時に薄くなった何か・・・
人のせいでなく、自分のこととして・・・
行事としてでなく、生身の人間として・・・
いつも祈りをささげてきただろうか・・・
人のことをいえるだろうか・・・
「世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない」

誰か個人をバッシングするよりも、私自身にある無責任さを省みて・・・
そんなことを反省することの方が、私には大切に思えます。
一人の首相のスピーチを変えるより、わたしたちのそういった気持ちを変えることの方が
よほど世界を変える波動になるのではないだろうか・・・
広島・長崎・神戸・東日本震災・フクシマ・・・
遠い歴史ではなく
血の通った我が事として・・・繰り返さない智慧・祈りを引き継ぐために私たちは生きています。

そんなことを考えた台風の二日間でした。
