あえて努力論
「自分になるための努力」
だけだと思う。
その目的を達成するために
遊びがあったり
勉強があったり
仕事があったり
恋人がいたり
友人がいたり
家族がいたり
・・・・・
するだけだと思う。
苦悩するというのは、
その本当の自分にまだ出会えていないからで
本当の自分に出会ってしまえば、
もう後戻りはしない。
しないというより、もうできない。
本当に自分に出会ってしまえば、
集まる友人も
恋人も
遊びも仕事も
家族との出会い直しも
快適で、互助的で、本当の責任あるつながりとなる。
何度も同じ苦悩に悩まされている人は、
本当の自分に出会えていないのだ。
他者が決めた
「成功と失敗」軸でしか考えられないと
ますます
本当の自分も
本当の幸せも逃げて行ってしまう。
自分は一生懸命追いかけているのに
逃げて行ってしまうのだ。
追いかければ追いかけるほどつかめないという真理は
そういうことだと思う。
卑屈になったり
いじけてみたり
人に意地悪をしてみたり
逆に偉そうにしてみたり
ひそかに優越感に浸ってみたりして
自分を優位に立たせようとするが
ことごとく失敗に終わる・・・
自分が自分であろうとする努力をしない、
もしくは、周りの大人や親がそれを許さないとき、
いわゆる「成績」など、本当にどうでもいいのだ。
周りの大人が成績に血眼になっているとき
子どもの中ではとても重大な何かが起きているのだ。
そのどうでもいい成績だけに価値を置いて
成功と失敗を長年子どもに刷り込むと
青年期、必ず大きなゆがみが生じる。
それは、不登校とか不出社とか
自己喪失による鬱とか、家庭内暴力とか・・・
本当にそういった形でしか出なくなってしまうのだ。
塾人の私が言うのも、お叱りを受けそうだが、
長年、塾人として、生徒とそのご家族を見てきて
本当にそう思うのだ。
いま、その類の問題を抱えて苦しんでおられる方が
耳を傾けてくださるとありがたいのだが・・・
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