樹下石上 112・・・自分を治める心
人間ってのはそこから抜け出すために
必死になるんだよ。
それをする気になれないってことはさ、
ねえちゃん、実は 抜け出したいと思うほど苦しくなかったんだよ。」
「抜け出さなかったのは、姉ちゃんは
不幸に気持ちよく浸ってただけじゃないのか。
そんなやつにどうして同情してくれるのさ。」
昨日の十二国記には本当に名台詞が多い。
上記は、「清秀」という少年のセリフです。

父を妖魔に殺され、母を病気で亡くし、自身も失明し、
最後は、昇紘(しょうこう)とい酷吏の馬車に
ひき殺される悲運の少年・・・
その少年が、自身の不幸自慢をする「鈴」に怒り、
不幸の平等性を説いた時のセリフです。
「誰かが誰かより辛いなんて、うそだ。
誰だって同じくらい辛いんだ。
生きることが辛くないやつがいたら
お目にかかってみたいよ、おれは・・・」
相談行をしていると
時々この鈴タイプの方に出会います。
自分の不幸の種はたくさん数えるのに
おかげさまの種は、気づくことさえできないタイプの方です。
また、「~のせいで」が実に多いタイプです。
そういう方が来られると
「はてはて、どこから取り掛かろうか」(笑)となります。
この鈴のように、清秀から言われて
気が付くような方ならいいですが、
たいていの方は長くかかります。
人は居たいところにいて
やりたいことをやっている・・・
それが仮に、傍から見たら、
わざわざ何でそんな苦しいところにいるんだろうと
思えるようなところでもです。
喜の快もあれば、
悲の快もあるので厄介です。
人の快・不快は、そう単純ではないのです。
また、悩み事相談を受けていると
「本当に聞きたいのはそれじゃないな・・・」と思えることもあります。
核心がずれているのです。
ご本人さんは、気が付いているのかどうかわかりませんが、
表向き話される内容と
真に向き合うべき内容がずれている方がいるのです。
例えば、旦那と折り合いが悪く、
そのことを相談される女性が、
実は、結婚そのものの動機が
ご自身の心に素直でなかった場合があります。
「一人でいるのが嫌だった」「早く会社を辞めたかった」と
打算的だったことが根本理由であることもあります。
これは、旦那自身の問題ではなく、自分の現状を
自分で何とか打破しようと動かなかった心の問題です。
そしてそれが、ずっと続いている・・・
たしかに、時に逃げることも大切です。
でも、逃げてはいけないときもあることも事実です。
その境目は実に難しい・・・
もちろんこれは、社会的な問題も抱えているため
個人一人だけの問題ではないのですが
最低限、「自分を治めるのは自分」という
そんな「自負」を持っているかどうかの問題です。
人の心は、風船のように
時に上がったり
時に沈んだり
時にフラフラさまよったり・・・
人に不機嫌をまき散らかす八つ当たりも
人を自分と一緒に落ち込ませようとする暗重さも、
すべて、「自分を治める」という心を育てなかった
怠心からくる災いなのです。
そして、大変逆説的ですが、
ひとり、一生懸命その心を育てようとしている人には、
見える存在、見えない存在にかかわらず、
必ず応援者が来るのがこの世の不思議です。
theme : 気付き・・・そして学び
genre : 心と身体
