個性獲得がゴールではない ~2016年皐月 笑市&書・アートパフォーマンスの申言(さるごと)~

追記:熊本募金、直接県庁の義捐金へ納めさせていただきました。

熊本義捐金

教育界で「個性」といわれて久しい。
しかし、昨今の「個性」は
どうも弱々しく、時には何か履き違えているらしい。

20160503パフォーマンス (14)

先日ある方のFBでモンスターボランティアの記事がシェアされていた。
阪神淡路や東北でも問題となったらしい。
現地を訪れる一部の人が就活のネタ作りなのか
汚れた仕事はせず、被災者そっちのけで唄を歌ったり、
被災者そっちのけで盛り上がって帰っていく・・・
「自称ボランティア」が少なくないらしい。
被災地に対して「働いたのに食事ぐらいでないのか」とぼやく人もいるらしい。
驚くべき独り善がりさである。

20160503パフォーマンス (9)

20160503パフォーマンス (31)

20160503パフォーマンス (35)

個性とは、人と同じようにする場面が望ましい場合では
さりげなく同じようにすることも出来、
人のまねをすることも出来るが、
真似ても真似てもあふれはみだしてしまう何か・・・

20160503パフォーマンス (36)

そういうやむにやまれぬ「内なる存在」そのものが
ふとした瞬間に顕在化してしまうものなのだろうと思う。
その顕在化した瞬間に「表現」ということになる。
だから、実は日常の全てが表現でありArtなのである。

20160503パフォーマンス (25)

単に人と違うことで目立とうとすることが個性ではない。

20160503パフォーマンス (33)

若い先生が、子どもを叱れないのは
「目立とうとする個性」と
「思わずあふれ出てしまう個性」との区別が付かなくて
戸惑ってしまうからなのだ。

20160503パフォーマンス (5)

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20160503パフォーマンス (21)

わたしたちの内なる心の旅は個性獲得が最終ゴールでない気がする。
個性≒「自己実現」と把握されることもあるが、
その自己実現を唱えたマズローも晩年には
自己実現の先にもう一つ世界があることを知っていた。

maslows.jpg
※http://serendipity-japan.com/maslow-hierarchy-1061.htmlよりお借りいたしました。
(この図もこんなに単純に区切られるわけではない。
例えば、息をすることで存在を確認することは出来るし、
前述の例のように自分の存在を誇示するために「表現」「活動」を利用する場合もある)

この日の打ち上げ(星結び)で
福地先生が言われていました。
「最近の子はお手本を見てかけない。真似れない」と・・・

20160503パフォーマンス (201)

20160503パフォーマンス (211)

真似るということは「見る」ということである。
真似れないということは「見れない」「見ていない」ということになる。
徹底的に見る側になるということは学ぶにあたってとても大切な能力になる。
なぜなら、最終的に自分の心も見れるようにからである。

15-11-3笑市&書・アートパフォーマンス (70)
(Lilylanternさん、前回のパフォーマンス)

アーティストのLilyさんもお子さんの Bonchanが絵をかくときに
「よく見なさい」と何度も何度も言うらしい( Bonchan談)。
「見る」は「観る」につながり、内観へと発展する・・・。
「観る」ことが出来れば、前述の「独り善がりな行為」も
いかに個性からも自己実現からも程遠いことがわかってくる。
そして、内観できる人の個性は強い。

20160503パフォーマンス (206)

20160503パフォーマンス (71)

また、真似るということは「添う」ということです。
人と親しく交わることを
「人には添うてみよ,馬には乗ってみよ」というが
「見る」「添う」ということは、
人とのコミュニケーションの「いろは」のいの原則なのだろう。
四の五の言わずに「真似ること」=「添う」ことで見えるものがあると先人は教える。

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20160503パフォーマンス (175)

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そして、それを繰り返しているとどうしても添えないこと添いたくないことがでてくる。
それこそが、個性である。

江戸中期茶人の川上不白が
それを「守・破・離」と考案している。

守…ひたすら教えを守り、学ぶ
破…教えの言葉から抜け出し、真意を会得する
離…型に一切とらわれず、自在の境地に入ること

20160503パフォーマンス (76)

人の個性が力強いものになるには
この3つ、どれもが必要なのだ。
特に小学生や若いときは必要のような気がする。

20160503パフォーマンス (73)

真似ること、添うこと・・・
逆説的だが、それは真に自分を自由にするために必要なものだと思う。

20160503パフォーマンス (174)

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20160503パフォーマンス (221)

「職への憧れ、希望というものは
一種切羽詰った状況からうまれるんだと・・・
callingされるんだと・・・
彼らにそう伝えました。

そういう意味で熊本を見てください・・・
関わろうとしてください・・・
そう彼らに伝えました。

彼らは彼らなりに耳をそばだてて必死にくらいつくように
わかろうと努力するように聞いてくれてた。
他人事を自分事にひきつけた瞬間、それは「職」になるんだと・・・
あそこで懸命に生きようとする人たちを自分事と思った瞬間、
何か自分に出来ることはないかと思った瞬間、
「仕事」というかけらが心に生まれるんだと・・・
憧れという上昇気流に乗せるもの、それが仕事・・・

熊本を自分のこととしてみる・・・」
           (soraの日記より・・・)

これもひとつの「添う」である。

20160503パフォーマンス (231)

20160503笑市&書・アートパフォーマンス (4)

20160503パフォーマンス (244)

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