BOOK BEST5 世界の中にありながら 世界に属さない 吉福伸逸 

この方は、
「トランスパーソナル」という言葉を
はじめて日本に紹介した人です。

世界の中に・・・

もうどこを読んでも膝を打つ痛快さ?と真摯さ!です。
私の大学時代の恩師がこの世代と言うこともあって
60年、70年安保時、現役の大学生だった方たちの言動は
本当にワクワクします。

例えば、「なぜセラピーをするのか」という章では・・・

『「なぜセラピーをやっているのか」、
「なぜ、自分は人を救おうとしているのか」
そういうふうにぼくは心のそこで思いながら、
何十年もセラピーをやり続けているんです。
ぼくがセラピーをやり続けているのは人を救おうなんて思っていなくて、
とても勝手で、自分の欠損を補うために必要だからやっているんです。
(中略)
人は何か思うから生きて行動し、人生を送っているのではなく、
必要性があるから生きて、こうやっているんですね。』
(中略)
『必要だからセラピーをやっているんです。
求めてセラピーをやっているわけでは全然ないんです。
それはプロのセラピストやカウンセラーとしてやっていく上では
最も大切なポイントだとぼくは思っています。
そのポイントさえ押さえておけば、
人に嫌われるセラピーができます。
なぜ人に嫌われることが大切かというと、
ぼくの考えるセラピーは、当人が絶対に認めたくないことを
認めてもらうことだからです。
「あんたがあんたのような状態で、
今ここにいるのは全部あんたのせいなんだよ」と
ぼくが言うわけです。
どんなにいやなことが自分に起こっていたとしても、その嫌なこと、
それをやっているのは社会でもなければ他人でもない、
自分自身がやりたいからそういうふうになっているんだということなんです。』


ここまで真摯なセラピストは昨今いらっしゃらないと思います。


『死のプロセスに携わったエリザベス・キュープラー・ロスは、
「求めても与えられません。必要があれば与えられます」と言いました。
それは彼女がキリスト教の信者だからです。
神という自分の投影を設置していますから、
神も集合的な、われわれの不全感の投影なんですね。
投影から出来上がった概念ですから、その場合「与えられる」と言うんですよ。
本当は与えられているのではない。自分で取っている。
けれども、キリスト教では
「必要があれば与えられます。求めてもあたえられません」と言う表現になるのです。』

要は、私たちはどんなことであれ
自分が必要と思っていることを「取って」やっているということです。

厳しいようで、優しい言葉に私には思えます。
自分の心と向き合うために何度も読み返したい本です。

ブログパーツ


スポンサーサイト
Secret

プロフィール

sorapiyo

Author:sorapiyo
sora&piyo
100年後も笑いましょに!
企画・実行はりきり中・・・

AddCafe Sora

バナーを作成

人気ブログにしてください。

ぽちっと応援よろしくお願いいたします!

最新トラックバック

メールフォーム

「宙結び」「笑市」&各種イベント(結び)ご参加お申込みフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カテゴリ

since 2014.6.15 現在のご訪問者数

検索フォーム

                                                                       ※「笑市」ご出店お申込み ↓↓↓ ひゃくわら実行委員会               ◆笑市ご出店の方は  「よくある質問」 をお読みください                                                 ※宙結びご出店お申込み ⇒ 宙結び表                      

リンク

   

最新記事

最新コメント

QRコード

QR

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる