年輪という畏怖・・・

「森の月」というイベント・・・
そこで一枚の作品に心が奪われました。

15-11森の月 (1)
尾鷲の檜に編まれた糸かけ曼荼羅という作品です。
素晴らしい作品というものは、向こうから話しかけてくれます。

作者のものだった作品が、こうして公の場に出ることで
作品からでてくるエネルギーと見る側の心のエネルギーが重なり
「第三の領域」が生まれます。
この第三の領域は宇宙からの贈り物です。
そこでは無言の対話が始まります。

15-11森の月

作品が他者である作者のものであり続ける限り、
それを見た他者は「ふ~ん」で終わってしまいます。
あくまでも私の見解ですが、
第三の領域が広く奥深いほど、
見たその人にとって「すばらしい」という作品となります。
もちろんこの領域のの重なりを
作者は狙うものではありません。
そういう意味では、作者も見る側も自由でなくてはなりません。
あくまでも結果です。

15-11森の月 (2)

この尾鷲檜の作者も
私がここに来てこの作品に感動することは
露とも知らないことです。

何年ぐらいの樹齢でしょうか・・・
50年!?いや80年!?100年!?
年輪がその年月の紛れもない事実を伝えます。
そういった自然の事実に私たちは「畏怖」という気持ちを持ちます。
一本の檜や一人の人間が紛れもなく生きてきた時間・・・
時計では計測できない「時」というものの重み・・・
そういったものに尊さと畏敬の念を持たずして
人類に未来はないのではないでしょうか・・・

この作品も製作時間としては何時間かで
仕上げていらっしゃるかもしれないのですが
その人が歩んできた何十年という「時」があり、
そこで生まれた数々の喜怒哀楽が
今回の糸の配色や規則性になったはずです。
作品の奥に、「時」という背景があるのです。

15-11森の月 (6)
(200年も続く伊賀「わかや」の田楽)

その作品の素晴らしさは、樹木と人との年輪の重なりが
紛れもない事実として・・・
尊い「畏怖」として・・・
共に届けられているので
思わずじっと見入ってしまったのだと思います。

15-11森の月 (3)

「影であるはず台座」が「かけられた糸」と同じぐらいの存在感がある・・・
人は樹を利用する前に、まずは樹とともにあること・・・
資材の前に、樹木そのものと共に生きること・・・

人は得てして光ばかりを見ようとしますが
光は影がなければ見えないということを知るべきです。
15-11森の月 (8)

「いのちを育てよ・・・」
木ぃじいちゃんの言葉をかみしめながら・・・
熱燗を一本・・・
いい季節になりました。
15-11森の月 (7)


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