夏、芒種のころ⑥・・・教師たるもの、謙虚に生きる
既存の学問の切り売り業にすぎない。
ある人さまが、それこそ寝食を忘れ、
一生をかけ研究された知識、智慧を
これからの世代のためという大義名分をいただき
「授業」とか「セミナー」とかいう形で広めているにすぎない。
いじわるな言い方をすれば
人さまの知恵を
「かすめとり」
まるで自分が研究したかのように
「なりすまし」
そういったいわば、ケチななりわいにすぎないということを
肝に銘じて謙虚に生きるべきだと思う。
だからこそ大切なことがある。
ひとつは、
最先端の知識や
学界からは干されてしまった有益な知識を
掘り起こし、学ぶこと、学び続けること・・・
もう一つは
感性をさび付かせず、
それらを自分のからだや経験で実証する癖を持つこと・・・
この二つを日々心がけて生きないと
単なる権力型いんちき教師となってしまう。
「今ある知識はこうだ!
で、いま、あなたはいったい何をしている?」
この問いを厳しく持っていないといけない。
そして、いま教科書に載っている知識はすべて
あくまでも仮説であるという事実を常に背後に持ちつつ
ああいう説もある、こういう説もあると
子供たちに、未知で、未完の知恵の種を植えておかねばならない。
それが、ケチな私ができる
せめてもの貢献というものだろう。
本当にやめてほしいと願う。
(せめて軽減してほしい)
人からかすめとった知恵、知識をつかい
人を評価する(通知表とか)ことで上に立とうとすることを・・・
(これは、上級学校に行くためにだけのシステムにすぎない)
また、
既存の学問の知恵や知識の切り売り・又貸しにすぎないのに
それに対して、高額なセミナーや授業料を設定することを・・・
スピリチュアリストは、
人やテキストから学ぶのではなく、
土や鉱物から学ぶべきだし・・・
教師は、
汗を流して野菜を育てることから
子どもを知るべきなのだ。
この二つを一生かけて実に楽しそうに実践した人物が
宮沢賢治ではないかと思う。

(影絵:藤城清治 「銀河鉄道の夜」)
宙言やこのブログでも少し紹介していますが、
次回は、私が感じる宮沢賢治に触れてみたいと思う。
theme : 気付き・・・そして学び
genre : 心と身体