リリスは矮小化されたかもしれない
五分五分の勝負
特に多いのが、恋の相談だ。
最近の子どもの傾向は、
自分から告白をしないことだ。
昔は・・・と言っても自分基準だけかもしれないが
黒電話か手紙しかなかったので
今の子たちに比べるとかなりハードではあったが、
もっとみんなきちんと告白していたように思う。
恋で大切なのはこの「自分から告白する」である。
決定権は完全に向こうだ。
おそらく、成功と不成功は、五分五分だろう・・・
この五分五分の中、
自分をさらけ出して
ひょっとして恥をかくかもしれない、でも!
とチャレンジすることが大切なのだ。
この「まな板の鯉」ならぬ
「まな板の恋」を
どれだけ潔く体験してきたかが
その後の人生を大きく左右する。
先日、マドモアゼル愛さんのメンバー動画で
この恋の大切さを言われていた。
もちろん恋でなくてもいいが、
この五分五分のチャレンジを
真剣にしてきたかどうかで
人生が大きく変わる・・・
恋は嘘を付けない。
他で代用もできない。
そして失敗した時、
他のどんなことよりも喪失感がすごい。
だからこそ、本当に自分を鍛える
そして、嫌というほど自分を見せつけられる。
最近の子どもたちは、
そこから逃げたいがために
嘘の告白をして
失敗した時の言い訳を用意しつつ
疑似体験の中で満足をしようとする子もいるらしい・・・
実に嘆かわしい・・・
そういう子は
おそらく人生の壁をことごとく逃げて
若いのに年寄りのような人生になってしまうだろう。
年寄りのような人生とは、
言い訳ばかりする人生のことだ。
自分が何かをしたい。
でも失敗したら嫌だな・・・
そこで用意するのは、言い訳だ。
たとえば、
「本当はそれがやりたいわけではなかった」
「自分はもっと上を目指しているからこれは大したことはない」
「〇〇がなかったから(あったから)できなかった」
とかいうやつだ。
そういう人に限って大人になると
わたしは何に向いているのかわからないと
悩み事相談に来る。
勝負ができないから
用意をしてもらうことばかり考える。
この言い訳の人生を繰り返すうちに
一番大切な自分を見失うから
本当は何がやりたいのかわからなくなるのは当たり前だ。
人生の一番の悲劇と言っていいだろう・・・
だから、私は子どもたちに言う。
「好きになったら自分から告白しなさい」と・・・
ダメで もともと どころか
自分を一番成長させる大経験になる。
[スポンサーリンク]
theme : 人生を豊かに生きる
genre : 心と身体
tag : 恋
令和buzz64・・・20代でしておく大切なこと②
「大恋愛をする」です。
ただの恋ではありません。
大恋愛です。
恋をすると、夢中になるという
心の状態を味わうことができます。
夢中になることは
もちろんいいことですが、
そう単純ではありません。
光あるところには必ず影があるように
人間の欲望(我)をコントロールできずに、
束縛、嫉妬、独占、打算、疑い、コントロール
期待、わがまま、穴埋めなど
自分の独りよがりな感情も暴走し始めます。
穴埋めとは、本来
自分が向き合わねばならない課題があるのに
その人と付き合うことでその課題を穴埋めし
ないかのようにふるまい、逃げてしまうことです。
これは、親が子どもに対するときも起きてしまいます。
これらは今までの人生で、
うまく隠れていた自分の性(我)です。
以前、エネルギーバンパイアの話をしましたが、
➡10代でしておく大切なこと①
恋は、与えもするし、奪いもするのです。
そういうものですし、
それでいいのです。
どこかの歌の文句ではありませんが、
恋という感じは下に心があります。
まさに、「下心」です。
つまり、相手のことを思っているという
美辞麗句に隠れた自分の下心(我)に
愕然としてしまうこともあります。
しかし、それでも恋はどんどんすべきです。
なぜなら、
その欲望を自分で見つめない限り
「愛」にはたどり着けないからです。
文字通り、
「愛」の漢字にある心は真ん中にあります。
つまり、真心です。
何でもそうですが、行き着くところ行き切って
はじめて気がつくことがあります。
まさにそれが恋です。
私たちの人生は、振り子です。
対極を知ることで
はじめて中庸を知るようにできています。
中途半端に揺れて
振り子の幅が小さければ、
自分がいったい何を望んでいるのかがわからなくなります。
大好きを知るには、
大嫌いを味わわないとわかりません。
欲望(我)のない人間はいません。
欲望(我)を知らなければ
欲望(我)を認めつつ
他者との折り合いをつけることは学べません。
20代はもう、ある意味
綺麗なところだけで
生きることができなくなる時代です。
それでいても、
生き切る「美」を追求する
そのスタート地点にたつのです。
恋は、美しくも醜くもある・・・
清濁あわせ持つ・・・
恋によって、それを鍛える場が与えられるのです。
恋は成長です。
相手と一緒にいて、
互いが成長できなければそれはもう
お別れ時です。
その時が来ても
どちらかが引き留め、足を引っ張れば、
それは執着であり、未練です。
そのままいても、何の成長もないだけでなく
悪影響さえ及ぼします。
ですから、別れは卒業です。
ある意味お祝いです。
次のステップで再び成長が待っています。
恋が多いということは、
成長の節目が多いとも言えます。
(ただ、同じ悪縁をぐるぐるめぐって
抜け出れない人もいますが・・・)
若いみなさん!
恋は素晴らしいものです。
大恋愛はもっと素晴らしいです。
大いに成長なさってください。
[スポンサーリンク]