十年、をちこち・・・88(最終回)

開業10周年熨斗

「十年、をちこち」も今日で最終話です。

さいごは、何やらメッセージのようになりそうです。

では、さいごの一話、お楽しみください。


・・・・・・・


わたしたちは、直霊を手放してはいけません。


・学ぶことは好きであっても、
教えられすぎないほうがいいでしょう。

・智慧や教えに導かれても、
人や人の言葉に、誘導されないほうがいいでしょう。

・あなたの「すき」の基準を、
人に判断されないほうがいいでしょう。

・心静かに「瞑」にふける時は、
人に見られないほうがいいでしょう。
人の存在は、あなたを本来の姿から遠ざけます。
唯一みられていいのは、天地自然のみです。


この世の中には、
これらをさまたげる商品、商材、商法が多すぎです。


当たり前のことを当たり前にできること・・・

これがいちばん大切であり、
いちばん難しいのです。

わたしたちが生きているこの世界に
影の大きな力が働き、つくられ、強いられていることは、
おそらく間違いないでしょう。

いわゆる「スピリチュアル分野」も含まれています。

20180419_114312_LI.jpg
この国を操り奪う者たち 私が自衛隊で見て知った本当の敵より – 2015/4/14 池田 整治 著 より)


だからこそ、

日々の当たり前の所作を大切に・・・

自分のことは自分で導き・・・

自分の身近な人を大切にし・・・

愛は語るけれども、
その人の行動に「直霊」を感じられなければ
素直に「いやだ」といい・・・

瞑想は誰の誘導も借りず・・・

小さなことこそ自分の両手で行い・・・


そういうことが大切になります。


どんなに地球の波動が上がっても・・・
どんなに過去世を思い出しても・・・

この世は2元の世界です。
陰が陽を呼び、陽が陰を呼ぶ世界です。

わたしたちは、この世界で
地に足をつけて生きるいのちなのです。

目に見える世界・・・
目に見えない世界・・・

その狭間で私たちは
尊いいのちを輝かせるしかないのです。

それはどんなスピリチュアリストでも変えることはできません。


先日亡くなった高畑勲さんの作品・・・
「かぐや姫の物語」のように
生き切る練習、死にゆく練習をしているにすぎません。
以前の記事

わたしたちは、この世で
映画の中の月人(月の阿弥陀如来)のようになってはいけないのです。
とくに、セラピストと呼ばれる人は気を付けるべきです。

知らず知らずのうちに、上から目線で
人を浄化するやら 救うやらと
傲慢になってはいけないのです。

生きている人はもっと自信をもってください。

ただ生きること・・・

それだけで尊いのです。
だれの誘導もいりません。

姫のように生きて、生ききりさえすれば
わたしたちはだれでも阿弥陀如来になれます。

もっと正確にいえば、
姫のようにこの世で生ききることでしか、
阿弥陀如来にはなれないのです。





金にまみれるか
宗教にまみれるか
芸術にまみれるか
健康にまみれるか
友人にまみれるか
恋人にまみれるか
名誉にまみれるか
家族にまみれるか
自然にまみれるか
自分にまみれるか

・・・
人さまざま、そして、いろいろ・・・
どれかに、まみれながら生きるだけです(笑)



わたしのまみれたい基準は二つあります。

ひとつは、自分が楽しいか?

そしてもうひとつは、子どもたちにそれを残したいか?

長らく持っているこの基準は
おそらく11年目も変わることはないと思います。



10年もの間、
AddCafe&学習支援塾Onenessをかわいがっていただき
誠にありがとうございました。
明日から11年目にはいります。

今後とも何卒よろしくお願いいたします。

とはいっても、これからも
いつものように気張らず自然体で参ります。

そして、これからもみなさまともに
楽しん生きていこうと思います。

「人法地、地法天、天法道、道法自然」老子
人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る・・・
(人は地を模範とし、地は天を模範とし、天は「道」を模範とし、「道」はそのありのままの姿のままでいる。)



ささやかではございますが、
あす15:00から「おふるまい会」もご用意しております。
よろしければ、11年目の背中を押しにあそびにいらしてくださいませ。



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十年、をちこち・・・87

「宙の言の葉」のこれまでの歴史をたどると

スピリチュアル

この世とあの世

神社

古代史

闇権力

生活

経済・金融

こんな流れ(ブーム)で今のところ来ています。

いのちあるものが いのちあるように・・・

根底のテーマはいつも変わりません。


スピリチュアル☞神社、古代史に行くのは必然で、
神社をパワースポット的観点のみで浮かれている時勢への
警鐘のつもりで、約2年ほどかけて勉強しました。


なぜ、神社に鳥居やしめ縄があって、それも種類豊富なのか?
なぜ、神社に山門があるか?
なぜ、神社で憲法改正の署名用紙が置かれているか?
なぜ、古事記、日本書紀以前に勅命の歴史書がないのか?
なぜ、ご神体は、磐であったり、イチョウであったり、山であったりするのか?
・・・
みなさんは、こんな「なぜ」を考えたありますか?

この「なぜ?」にはきりがありません。

観光案内のような寺社のパンフレットだけでなく
裏勉強もしていきたいと、つねづね思っています。


おすすめはこの本です。




宙の言の葉の特徴は、
もちろん私主導で始まるのだが
その後は、偉大なる素人として
皆さんも個人的にいろいろと足を運び、本を読まれていることです。

自画自賛で恐縮ですが、
わたしはそこが素晴らしいと思うのです。

与える、与えられるの二極を超えて
共鳴したエネルギーが出る、素人研究会なのです。

ゆくゆくは、若者もうらやましがる、研究旺盛な
アグレッシブ・初老人ホームにしていこうと考えています(笑)


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十年、をちこち・・・86

わたしが、「宙の言の葉」(ソラノコトノハ)という
大人の勉強会を始めたのが、2013年1月10日・・・

以来、5年続けて明日で244回目となります。

ありがとうカウンター
(ありがとう3万回でつかったカウンター・・・十年、をちこち⑰)

こころゆるせる常連の方・・・
ときおり「お久しぶり!」できてくださる方・・・
お初におめにかかりますの方・・・

ご参加の方は、さまざまですが
細々ながら、わきあいあいがずっと続いています。

ありがたいことです。

最初に始めるときに
自分なりの「誓い」を立てています。


「宙(そら)の言(こと)の葉(は)~そらのことのは~」の4つの誓い
①soraが心からきなことや言葉を話すこと
②世の中をしくしたり立つことを話すこと
③sora及び周囲の人を成長させることを話すこと
④sora及び周囲の人を幸せにする言葉や話をすること

好・美・役・成長・幸せ・・・
そんな言葉が綴られています。


そして、記念すべき第一回目の最初のページがこちら・・・

宙の言の葉初回1P

実はこの書類は、
研修を担当していた塾時代のものです。

このときの研修の目的は、
冬期講習の受講促進でした。

???まったく内容がかみ合いませんね(笑)


2007年当時・・・

不食まで行きませんでしたが、
肉食をやめ、一日0.5食ぐらいで過ごしていましたし、

皆の前で、資本主義からの離脱を宣言していた時代でしたので
私は大真面目でした。

子どもたち、大人たちが、
グローバル資本主義の片隅で
自己責任という重いことばのもと
息苦しい生き方を強いられている・・・

冬期講習は自由にのびのびと
参加の是非を決めればいい・・・

職員もそういう心づもりで講習&募集にのぞむといいな・・・

そう思っていました。

大まじめです(笑)



ただ、横やりを入れる人はどこにもいるもので・・・

こんなスピリチュアルな内容を
研修でするのはいかがなものか・・・

という同僚のひそかな告発(笑)で

あえなく一回ぽっきりで終わってしまいました・・・


まあ、当然と言えば当然です(笑)

そして、年月を経て・・・
2007年に書いた資料が
2013年やっと日の目を見ることになったわけです。


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十年、をちこち・・・85

そういうかたで、思い出す人がいます。

・・・・・・・

「3年間恨んでました」 

そういわれたこともありましたっけ(笑)

このかたは、「陰」をいれるいれるスペースに
3年間、虚構の「陽」を埋め続けたため、
陰陽共鳴のエネルギーが生まれなかったのでしょう。

人を恨むことで
またあらたに、陰を埋め始めたのです。

余談ですが、
恨むというのは
偽物の「陰」です。
ですからいくら恨んだところで
「陽」を呼ぶことはありません。

それどころか
「人を恨まば、穴二つ」

強烈な本物の「陰」が待っています(笑)

・・・・・・・・

これは推測ですが・・・
(たぶん当たっていると思いますが・・・)

3年間というのはおそらく嘘です。

3年間も継続して落ち込むという
本当の「陰」のエネルギーがたまれば
きっと「陽」に転じているからです。

「恨む」という強烈な言葉を浴びせれば
わたしがひるみ、同情と詫びというエネルギーを奪えると思ったのでしょう。
エネルギーバンパイヤがよく使う方法です。

(わたしはといえば・・・
「恨むとはいえ、3年間も私のことを思ってくださってありがとうございます。」
嫌味でもなく、大意もなく、素で笑いながらそう告げました。)

その方が、嘘をいわれているとわかるのは、
本人さん曰く、(この言葉が本当ならですが・・・)
店も忘れ、私という人間も
見るまでは忘れていたというではありませんか・・・(苦笑)


時を経て、その人は、
友人とともにたまたま私の店に来て、
ふと思い出し、そして、「陰」集めのために
そのセリフをはかれたのだと思います。

・・・・・・・・


楽しみばかりに目を向けるのは、
苦しみが存在していることを
さらにクローズアップさせるにすぎません。

般若心経では、そのどちらも存在していないと言っています。

遠離一切顚倒夢想 究竟涅槃
(おんりいっさいてんどうむそう くぎょうねはん)
「存在しないはずの「楽しむ自分」を所有しようとするから苦しくなる」


ただ、ここまで悟らなくとも・・・
ちょっとしたコツがあります。


陰の純度と量を上げてください。
その純度と量が飽和を迎えた時

まぎれもない純度の高い「陽」に転じます。



陰陽は、そのどちらでもあって
そのどちらでもない
のです。


これを悟りというのです。



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十年、をちこち・・・84

陰陽を語る時、わたしは
この「動く」の側面のほうがものすごく大切に思えます。


たとえば自分の欠点や行動に落ち込み
ずっと、ずーっと「陰」の性質を帯びていったとします。

いわゆる落ちていく状況です。

しかし、その「陰」は
沈めば沈むほど「陽」を求めますので

陰極まって、陽に転じるはずです。

ほんとうの「陰」であれば・・・の話です。

つまり、どんな「陰」が極まり、
どんな「陽」をつかむのかで、
地に足が付くかつかないかが決まります。


落ち込むときは、とことん落ちるだけ落ちれば
あとは、浮上するものです。

落ち込みの最底を、ポンとさわれば、
あとは自然に浮き上がってくるのです。


しかし、もしその「陽」が偽物=(陽の仮面をかぶった陰)で
底も触らないまま、中途半端であがると
結果はまるで違うものになります。

つまり、
「楽しいことだけを選びなさい」(陽の仮面をかぶった陰)
となるとまったく違う結果になるということです。


逆説的ですが、
いま述べた陰陽の動きの法則から
永遠に「闇」(陰)をつかむことになるのです。

陰が陰になり切らないからです。

楽しいこと(陽)を求めているにもかかわらず
本人は、陰をいれるいれるスペースに
虚構の「陽」を埋め続けるので、
陰陽共鳴のエネルギーが生まれないことになります。

「陽」に転じるだけの「陰」のエネルギーがたりないからです。

そういう方は、
「陽」に転じたつもりが
陰の不足のため、途中でまた「陰」に帰っていきます。


「苦は、苦の中にいて、苦のままで楽である」

なかなかわかっていただけないこの言葉ですが、

おわかりいただけますでしょうか・・・



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